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名古屋高等裁判所 昭和46年(う)282号 判決 1971年10月12日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤保三作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論の要旨(事実誤認、法令の解釈適用の誤り)は、次のとおりである。

原判示交差点(以下本件交差点と呼ぶ)においては被告人に優先通行権があつたのである。被害者宮島が進行した北方道路は未舗装で、その西側には幅約九〇センチメートル、高さ一〇乃至一五センチメートルの砂利山が本件交差点北側入口から北方へ約一七メートルの距離に至るまで帯状に堆積されていて、その有効幅員は道路幅員より狭く、その交通量も極めて少なく、その北方道路の周囲は西側が墓地の樹木に囲まれ、また、東側も人家の密生樹木に覆われており、外形から見て所謂横道と考えられる道路であり、他方被告人が進行した東西道路は完璧に舗装された県道で幹線道路を形成しており、交通量も頻繁で、車道部分八・三メートルの西側(北側の誤記か?)には更に歩道部分約二メートルもあつて、これを加えると道路幅員は一〇メートル以上になり、通常人が両道路を一見しただけで明らかに被告人進行の東西道路が広いと判断される状況ないし事情が存するのである。したがつて、被告人は道路交通法三六条二、三項により本件交差点を進行するにつき優先通行権があるというべきである。しかるに、原判決は道路の広狭判断に関して右具体的事情を捨象し、単に両道路の幅員を数字上比較したのみで、被告人が進行した道路が明らかに広いものといえないと判示し、被告人の優先通行権を否定したことは事実誤認であり、前記法条の解釈適用を誤つたものである。仮にしからずとしても、被告人には業務上の注意義務違反が存しない。すなわち、本件交差点北西角において交通整理員平林すゑをが白旗および赤旗をもつて交通規制をしており、本件事故の際も、宮島の車輛が交差点北側入口より北方約一七メートル位に進行してきたおり、右平林が赤旗により停止信号をしこれを規制したのであるが、宮島は、これを無視し、一旦停止あるいは徐行することなく幹線道路を横断しようとして同一速度で交差点に突込んだのであり、他方被告人は、交差点にさしかかる前に前記交通整理員が北方より進入する車輛を赤旗で停止さすべく規制していたので、被告人としては、北方より進入する車輛が交差点手前で一旦停車するものと信頼して本件交差点に進入したのである。一般に、交通整理員ないし指導員など名称はともあれ、交通整理を担当する者の指示に従うことによつて交通秩序が維持されていることは自明の理であつて、この指示に従つて行動することが交通事故の発生を未然に防止することになるのである。前述のように、被告人は、宮島の車輛が交通整理員の指示に従つた適切な行動、すなわち赤旗による一時停止を期待し、これを信頼して進行しているのであるから、本件事故の原因は専ら宮島が交通整理員の交通信号を無視したことにある。被告人とすれば、交通整理員の指示に従つて北方からの車輛が一時停止することを信頼して運転すれば足り、敢えて右指示に違反して自車の側面を突破しようとする車輛のあることまで予想して右側から進入してくる車輛を避けるべき義務はないというべきである。したがつて、被告人には原判示のごとき徐行義務はなく、また、信頼の原則によりこれが阻却されるものといわなければならない。しかるに、被告人に徐行すべき業務上の注意義務を認めた原判決には事実誤認ひいては法令の解釈適用に誤りがある。

所論にかんがみ、記録を仔細に調査検討のうえ次のとおり判断する。

原判決挙示の(4)(8)(10)(12)(14)および(16)の各証拠を総合すると、本件交差点は南北道路がやや東方に斜行し、同交差点の南側部分が扇状(東西道路との取付部分幅員一五メートル、同交差点南側入口部分幅員六・六五メートル)をなしている変型交差点であること、同交差点の東西道路は県道でアスフアルトで舗装されており、その幅員は東方道路の車道部分八・三メートルで右側に幅〇・七五メートルの歩道部分があり、西方道路は七・六メートルあり、これと交差する南北道路中北方道路は砂利敷(未舗装)でその幅員は七・五メートルであるが、その西側部に幅約九〇センチメートル高さ一〇ないし一五センチメートルの砂利が同交差点北側入口付近から北へ約一七・一メートルの距離の間帯状に堆積されていたのでその有効幅員は約六・六メートル、南方道路は舗装されていてその幅員は六・六五メートルであること(別紙略図参照)、東方道路と西方道路、東方道路と南方道路とは見とおしは良好であるが、東方道路から見て北方道路、西方道路から見て南方道路は、いずれも家屋およびその周囲の樹木等のため、北方道路から見て東方道路は同じく家屋およびその周囲の樹木等のため、また北方道路から見て西方道路は三角形の墓地に密生している樹木等のため、見とおしのきかないことが認められる。ところで、道路交通法三六条二項にいう「道路の幅員が明らかに広いもの」とは、交差点の入口から、交差点の入口で徐行状態になるために必要な制動距離だけ手前の地点において、自動車を運転中の通常の自動車運転者が、その判断により、道路の幅員が客観的にかなり広いと一見して見分けられるものをいうものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年(あ)第八七八号、同四五年一一月一〇日第三小法廷決定参照)。そこでこの判断基準に従い、かつ、前記認定の本件交差点の具体的状況に基づいて、被告人車の進行した東西道路と被害者宮島進の車輛の進行した南北道路との各幅員の広狭を検討すると、実測において東西道路の東側部分と南北道路の北側部分とは〇・八メートル、南側部分とは一・六五メートルといずれも東側部分が広く、東西道路の西側部分と南北道路の北側部とは〇・一メートル、南側部分とは〇・八五メートルといずれも西側部分が広いが、自動車を運転中の通常の自動車運転者が本件交差点の入口にある横断歩道の手前においてようやく北方道路の一部が見えるのみで、一見しただけでは東西道路の幅員の方が南北道路の幅員よりかなり広いと見分けることが困難な状況であると認められる。この広狭の見分けの困難なことは原審証人村中隼人の供述によつても窺い知ることができる。右のように交差する道路の広狭を比較するには、車道の幅員によるべきで歩道まで含めたもので比較すべきではなく、また所論のように舗装、未舗装、交通の頻繁度を比較の資料にすべきではなく、更にまた、広狭を判断すべき地点が前説示のとおりであるから、右地点から見ることの困難な有効幅員をもつて比較すべきものではないと解すべきである。そうすると、被告人の進行した東西道路の幅員が前記宮島の進行した南北道路に比し、道路交通法三六条二項にいう「道路の幅員が明らかに広いもの」ということはできない。したがつて、所論のごとき被告人の優先通行権は認められない。

原判決挙示の(5)(6)(9)(11)(12)および(16)の各証拠を総合すると、本件事故当日銭高組作業現場責任者より依頼を受けた平林すゑをが、本件交差点の北西角において、北方道路の北の方角にあたる右作業現場へ土砂を運搬し、その帰途同交差点の東方又は南方道路に向つて同交差点に進入する大型貨物自動車に対し、交通の安全を確保するため、白旗と赤旗によりその進行を規制していたこと、本件事故の際も右宮島の運転車輛が同交差点北側入口から北方約一七メートル位の距離に進行してきたおり、赤旗により停止の合図をしたことが認められる。ところで、道路交通法四二条にいう「交通整理」とは、信号機の表示する信号または警察官の手信号等による「進め、注意、止まれ」の表示により、交差する一の道路からの交通を一時停止させ、他の道路からの交通のみを進行させ、これを短時間ずつ交互に反復することにより、交差点における交通の混雑を緩和してその安全と円滑を図る作用をいうのであつて、前認定の平林すゑをの交通規制は単に前記作業現場(北方)より同交差点に進入する同作業所関連の大型自動車に対して注意を喚起するためのもので、前説示の交通整理にあたらないことはいうまでもない。

以上説示のように、本件交差点は、交通整理の行われていない交差点で被告人の進路から見て右方の見とおしのきかないものであり、被告人の進路である東西道路が道路交通法三六条一項にいう優先道路の指定を受けているものではなく(優先道路の指定のあることを認める証拠はない)、またその幅員が南北道路に比し明らかに広いといえず同法三六条二項の優先通行権が認められないものであるから、本件交差点に進入する被告人の車輛には、同法四二条の徐行義務があるというべきである。右徐行義務は東西道路が県道であり、南北道路に比し交通頻繁であるとの事実をもつてしても免除されるものでないことは原判決摘示のとおりである。なるほど、一般的にみて、道路交通法所定の義務と業務上過失致死傷罪における業務上の注意義務とは一応別個に考えなければならないことは所論のとおりであるが、道路交通法四二条の徐行義務の懈怠は交差点における出合頭の衝突事故を誘発する蓋然性が極めて高いのであるから、同条に該当する交差点に進入する自動車運転者にとつて、右徐行義務は業務上の注意義務に当然含まれると解すべきである。更にまた、本件のように、交通整理の行われていない右方道路に対する見とおしのきかない交差点に進入する際には、前認定のように右側道路において平林すゑをが赤旗で北方より進入する車輛に対し停止の合図をしていた事実があつても、交通整理の専門家でない私人の自主規制には時として過誤を生じ易く、これを過信することはすこぶる危険であるといわなければならないので、なお右側道路に対する交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があると解すべきである。したがつて、所論のごとく、前記平林の交通規制があつた事実をもつて信頼の原則により前記徐行義務、右方確認義務が免除されるものでないことはいうまでもない。そうすると以上のような業務上の注意義務を怠つた被告人に過失の存することは当然といわなければならない。

被告人の右注意義務違反と本件事故との間に因果関係が存在すること、本件交差点に宮島の車輛が先入した事実、したがつて、被告人の左方車輛優先の主張が理由のないこと、本件事故につき被害者側にも過失の認められることについては、原判決の被告人および弁護人の主張に対する判断のうち三、四、五項に摘示されている部分がおおむね肯認できるので、これをここに引用する。

されば、原判決がその挙示にかかる各証拠によつて原判示の事実を認定し、右事実に対する被告人の所為を刑法二一一条前段の業務上過失傷害罪に問擬した措置は、まことに相当であつて、原判決には所論のような事実誤認、法令の解釈適用に誤りは見い出すことができない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

別紙

<省略>

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